快適納戸生活// 手の届く範囲にある事柄から宇宙の果てにある事柄までノンジャンル!目標は月2回更新!!!

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2012/03/17 (Sat) 文脈とコンテキストの間の○○○な壁

2月はリア充月間だったので久しぶりに更新。
仕事中に行き着いたblogにて、面白いエントリを読んだのでメモメモ

文脈論、または文法におけるその欠如、または"I love you"を日本語に訳せない理由

コンテクスト。
大学時代、何かを議論する際に非常に意識させられた概念なので思い出深い。
 >愛を信じ、言葉を疑う人々が話すのが日本語
には強く同意。
常々日本語の会話におけるコンテクストの頼り具合は
日本文化のひどく大切なもののひとつの現れだと思っているので
「愛」と表現されると、たぶん個人的に、嬉しい。


ちょっとだけ補足メモ。

 >文脈に対する話者の態度が、文法にどう反映されるのか、ということだ。

もちろん普通の人は他人の心(コンテクスト)が読めないので、
ここで言われる「文脈に対する話者の態度」とは
『「話者のコンテクスト」に基づいて影響される話者の身振り口振り表情などの態度』
ということだろう。
くどいかな。
そして、それが「文法にどう反映されるのか」とは
『文法論においてそれらがどう研究されているのか』と解釈。

このことに対して自分は、
始めはこのエントリについていたコメントにあった通り、
 >文脈(context)から影響を受けるのは意味(semantics)であって、
 >文法(syntax) はそれとは直接関係ないでしょう。

に頷きそうになったのだけど、
いやいやいや、
待てよ。
と。

このコメントを付けた方は、おそらくプログラミング言語に造詣が深い方なのでしょう。
だから
 >文法(syntax)
と書いた。
情報科学などまるで勉強したことのない自分としては 文法=syntax とはならないです。
上記のコメント自体は確かに間違っていない、と思います。
しかしこのエントリを書いた小飼弾氏としては本文から察するに 文法=grammar

さてここで疑問。
文法(grammar)って、何処までをカバーしてるの?
生憎自分にはそこらへんの知識などないもので、とりあえずwikipedia先生に訊いてみました。

うへぇ。
広いわ、広い。
ということでやっぱりカバーしてます。
たぶん認知文法というのがコンテクストを研究してる文法分野ということになるじゃないんでしょうか。
詳しい内容は割愛。
すみません。ちょっと面倒くさくなった。
ただ、これがエントリのラストで緩募していた「少し文脈を考慮した文法論」にあたるのではないかな、と。
この研究内容に満足戴けるかどうかは大いに別として。

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22:55 | 未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2012/01/20 (Fri) おててのしわとしわを合わせて~

先日の忘年会にて先輩から、
「後輩が仕事が出来なくなる程に病んでいてどうしてあげたらよいのか解らない。
 同じ軟弱なゆとり世代の君(`∀´)σは何故そうまで図太いのだ?」
とまあ
そんなことを言われたですよ。
それは先輩、己が常に幸せの探求者たるからですよ >(´ー`)ドヤ
とは
流石に言えなかったんですけど、
でもとどのつまりそういうことだと思うのです。


最近の人が病む理由というのは、
「自分」ってのを見失っているからなんじゃないかと。

昔と違って多用なニーズに応えてくれる現代において
なんとなくコレが欲しいアレがしたい、その為にこんな事もするしあんな風に見られたい。その為にあれも…
という風に
手近な欲から派生させた生き方をしていると
選択肢は無駄に多いから迷って立ち止まったときに動けなくなってしまうかもしれない。
そしてそこで振り返ったとき、なあんにも見えなかったら
恐怖にちがいない…


とまあ
そんな人がいたら絶対病んでるわけだが、
本当に何もないなんてことはなくて、
その人が目を瞑って酷い妄想をしているだけですよ。

どんなに消極的に生きてきたとしても、
そこまで生きてきたのは事実で、
どんなに弱くてもその人の意志は「存在する」

「大半の人間は『その人の幸せ』の為に生きており、また幸せの為に生きるべきである」
ってのは己の持論なんですけど、
このとき一番重要なのは『その人の幸せ』を自覚しているかということ。

自分を見失ってしまっている人ってのはこの『自分の幸せ』ってのが分からない。
世間一般で言うソレじゃなくて
自分が自分たる意志の元
自分の行動原理

んなきっちりしたもんじゃなくて、
「自分はアレが好きだなー」って程度のことを自覚しているかどうかってだけなのだけど。
それがあるかないかは実に大きくて、
「これが好き」の自覚があることで自分の行動の優先順位が付けられる。

若くて病んでる人ってのはアレもコレもしなくちゃならないって思っているパターンが多くて、
まあ、勿論全ては出来るもんじゃないから破綻する。挫折する。
神とか超人、決して万能なんかじゃない人間にとって「自分にとってコレは大切だからアレを犠牲にしてでも成し遂げる」って考え方がベストなんでねぇかな。
全て完璧とか無理だもん。

だから「自分にとって大切なコレ」を知ることが幸せな人生の鍵ですな。
自分探しの旅って半端なく大切なんだよ。
わこうどよ、自分を探せ。ってな。

23:44 | 未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2011/11/20 (Sun) 植え替えは基本的には1~2年おきに行うとよいでしょう。

ミズゴケで植え替えを行いました***


みなさま何か育てているものはあるでしょうか。
サボテンさえも枯らしたことのある自分には育てられるものは限られておりますが
例外的に3年以上も付き合い続けているこがいます。
それがこのこです。

image003.jpg
ベンケイソウ科 エケベリア属 ???
愛称ポルカたんです。

おそらくセブンスターか七福神あたりだと思われますが正確な種類は不明。
というのも、このエケベリアはえぇんらい種類が多いいのです。
またその名前も面白いので興味深いところです。

最近はこの多肉植物が静かなブームとなっているらしく、
タニクちゃんなどと持ち上げられているようですが、そんなことは全く知らず
静かに付き合ってきたのですが鉢が狭くなってきたので植え替えを行うことにしました。

21:18 | 未分類 | trackback(0) | comment(0) |


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